1月4日 20140114 麗澤大学(千葉県柏市)社会人講座にて
「死は終わりでない」
イザヤ12:2 見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。
ベック兄:20140114 麗澤大学(千葉県柏市)社会人講座にて 「死は終わりでない」
・大きな災害事故の理由は、神のみがご存じで決して罰ではない。
・聖書は罪の赦しとまことのすくいのことを記し、罪と孤独からの解放です。
・まことの救いは死の恐れからの解放です。
・死は終わりでないのは、その後に裁きの時に天国か地獄かの時が続くのです。
・病気になったのは良かったと言えるのはすく主イエス様に出会って救われたからです。
・健康や幸せは枝葉のことで、イエスさまに栄光を帰することが大切で嬉しい。
・死は否定できないのが、死について考えないのは愚かなことです。
・死んでから再び愛するひとに会うこと、イエスさまにお会いできる確信を持てる信仰を保ち続けたい。
・将来どうなるかわからないが、イエスさまを知って信じているから平安で喜び感謝しています。
・真の平和と平安は、イエスさまを信じることによってのみ与えられます。
⇒ベック兄 56分
⇒今日の賛美を共に(#221)
2026年
ピリピ1:21 私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。
ベック兄:20140114 「死は終わりでない」https://youtu.be/IjRQReuYjoo
・イエスさまは人間のわがままの罪のために代わりに罰せられたから、救われた人間は神から罰せられない。
・罪から救われ、孤独と死から解放されたことがイエスさまの救いです。
・主なる神がおられたから、喜びの天国か苦しみの地獄があり、どちらを選択しますか。
・病気の試練に会わなかったら、救いを得ようとしなかったし、救い主イエスさまに会えなかったのです。
・健康やこの世の幸せは枝葉のことで、主イエスさまの栄光を受けることが最高に嬉しいことです。
・人格者とは死を直視するひとで、真剣に死を考えている。
・みんな死について考えたくないが、死は終わりでないことも知り得ないのです。
・人間の寿命は100年ですが、死んでから永遠に始まるのです。
・主なる神だけが人間に永遠のいのちを与え、心を満たすお方です。
・死後の世界がなければ、今生きている世界は本当に空しくちっぽけです。
・死んでから愛する人に会え、顔と顔を会せてイエスさまにお会いできますから感謝でたのしみです。
・第1に魂を持つ罪人でうまれ、第2にイエスさまを信じ救われ新生し、第3に死んでよみがえり不死の体にになります。
・将来はわかりませんが、イエスさまを知って信じていますからイエスさまの平安の将来です。