信頼するとは、何も見えなくても、 主は近くにおられる事実を確信することです。 信頼するとは、何も聞こえなくても、 主は語っておられる事実を経験することです。 信頼するとは、何も感じられなくても、 主に愛されている事実を味わい知ることです。 信頼するとは、何もわからなくても、 主は最善をなすお方であり、また、主の導きは完全であると知ることです。 信頼するとは、真っ暗闇の中にいても、 主の御言葉は真理であり、決して滅びることはないという事実を確信することです。